エスカレーター | ★デイリー・ロク★
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「ゴキゲンに生きる」3000の知恵
おちゃらけ家族10年間の記録まだまだ更新中

エスカレーター

「小学校から大学までの一貫教育は
 公立では全国でも初めてなんです」
と、学事課員が言った。

「一貫教育だと、高校生になる頃には
 子どもの学力レベルを一定のラインまで
 揃えることができるので
 高等教育を行う際に無駄がないのです」

美恵子は、黙ってうなずき、
横にいる夫の浩一を見た。

「ようするに《エスカレーター》ですね」
と浩一は笑った。

 

浩一の隣の椅子には
息子の祐太朗が腰掛けていた。

祐太朗はよく動く黒目がちの瞳で
興味深げにあたりを見回していた。

通っている幼稚園の先生方からも
利発さでは一目置かれている
自慢の息子だった。

美恵子は言った。
「ねえ、あなた、祐太朗の学力なら
 合格間違いなしって
 塾の先生も言ってらしたわ。
 受けさせてみましょうよ」

「そうだな…」
浩一は祐太朗の頭をなでながら
なんだか気のなさそうな返事をした。



やがて祐太朗は、美恵子の思惑どおり
その新しい学校に合格し、
4月から意気揚々と通い始めた。

「学校ではどんなことを教わってるの?」
と、ある日美恵子は息子に尋ねてみた。

「あのね。横山先生がね、いつも
 『君たちは大人になる準備をしている。
  だから少し嫌なことがあっても
  それを試練だと思って
  乗り越えなくちゃいかん』
 って、大きな声で言うんだよ」

「まあ、我慢させられてるの?」

「平気だよボク。
 世の中の役に立つ人になるためには
 我慢も大事だって教わったんだ」

「まあ…」


それから1年数か月が経ったある日、
祐太朗が意気消沈して学校から帰宅した。

「どうしたの」
と美恵子は尋ねた。

しかし、祐太朗は
「休み時間がね…」
と喋り出すまもなく
大粒の涙を目からあふれさせ、
しゃくりあげ始めた。

とぎれとぎれに祐太朗が語った話を
繋ぎあわせると、

学校では休憩時間にやることまで
事細かく決められているので、
少しは自由な時間も欲しいと
クラスの代表として教師に訴えたら、
「学校の先生方は君たちに
 立派な大人になってほしいから
 細かい規則を決めている。
 そんな先生方の思いやりを
 君たちは迷惑だというのか」
と、きつい調子で諭されたというのだ。

そしてクラスに戻って
皆にそれを伝えたところ
「せっかくクラスの代表に選んだのに
 祐太朗君は先生の味方ばかりする」
と糾弾されたらしい。


そのことがあって以来、祐太朗は
学校のことをあまり喋らなくなった。

やがて食が細くなり、
みるみる痩せていった。

医者に診せたら
「重いストレスを
 かかえているのではないか」
と言った。

美恵子も浩一も
祐太朗にいろいろ問いただしたが
息子は青ざめた顔で
首を横に振るだけだった。

「これはいけない。学校へ行こう」
と、浩一が意を決したように
美恵子を見た。



校長室のソファーは柔らかすぎて
ずっと座っていると腰が痛くなった。

「そういうわけで、学校には
 思い当たる節はまったくありません。
 他に似た症状の子もいないので、
 これはひとえに
 祐太朗君の健康上の問題であると
 明確に言えると思いますがね」
校長は一気に喋って
ずり落ちた眼鏡を中指で押し上げた。

「でも…」
と美恵子が言いかけたとき

「ま、お茶でもどうぞ」
と校長が声をかけたので
美恵子は気勢をそがれてしまった。

学校に行こうと言い出したのは浩一なのに
彼は校長室に入って以来一言も喋らず
部屋の中を見回してばかりいた。

「おわかりいただけましたか」
ややあって校長が
その柔和な声で談判打ち切りを促した。

美恵子は浩一を見た。

そしたら浩一が、とぼけた表情のまま
「あの…」
と声を発した。

「はい?」
と校長が顔を上げる。

「辞めることはできますか、学校」
浩一は相変わらず眠そうな表情で言った。

「エスカレーターは、一度乗ったら
 途中で降りることはできないんですよ」
校長の顔には嘲りの表情が浮かんでいた。

「じゃあ、長期療養ということにします」

「…それなら、仕方ありません。
 しかしもったいないですな、
 あれだけの才能がある息子さんを。
 高校や大学への進学も
 諦めることになりますよ」


帰る道すがら
運転席の浩一が
いつになく自分から口を開いた。
「校長室の壁に貼ってあった表を
 見たかい?」

「見なかったわ」

「歴代天皇の諡号一覧が貼ってあった」

「え?」

「前に祐太朗が
 『漢字ばかりの文を暗記させられる』
 って言ってたじゃないか」

「そういえば…」

「俺は、論語の素読だと思って
 『それはいいことだ』
 って言った覚えがある…」

「え、どういうこと?」


一方、彼らが帰った後の学校では
次のような会話が交わされていた。

「どうしますか、校長」

「放っておいていいだろう」

「やはり自営業の家庭は駄目ですね」

「自由というものをはき違えているよ。
 社会のルールを教えることが先だ」

「しかし、今後もああいう親が
 出てこないとは限らないですよ」

「あ、これは査察官、いらしてたんですか」

「国家教育の根本は、
 権威に対する服従と忠誠を
 骨の髄からたたき込むことです。
 一貫校はその環境として実に適している」

「はい」

「高い能力を持ったよき労働者が
 国の産業を支え、
 素直な感性を持ったよき消費者が
 国の経済を支えるのです」

「おっしゃるとおりです」

「そして忠誠心に厚いよき兵士が…」

「査察官」

「おっと、これはまだ
 言ってはいけないことでした。
 それにしても」

「はい?」

「エスカレーターは
 見直さないといけないかも
 知れませんね」

「…と、言いますと?」

「エスカレーターは、乗っている様子が
 外部から丸見えじゃないですか」

「確かに」

「子どもの様子を
 親が常に観察できる状態だから
 いけないのです」

「…」

「全寮制にするとかして、
 閉鎖空間にしてしまわないと」

「査察官、それはもしかして」

「そう、つまり」

「「エレベーター!」」


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| 掌編小説 | | comments(5) |

コメント

いつ読んでも上手いなぁ・・

こういう感性って持ち合わせてないので、尚更そう感じます。

ところでトーナメントって何ですか?
賞金ガッポリ出るんでしょうか??
| 銀蔵 | 2011/09/29 10:10 AM |
お褒めにあずかって嬉しいです♪
ちょっと褒められるだけで、モヤモヤなんて吹き飛んじゃいますね。

ちなみにブログ村のトーナメントに参戦するのは今回が初めてなので、実はよくわからんのです。
が、少なくとも「賞金がっぽり」ではなさそうです…。
| 六郎 | 2011/09/29 10:17 AM |
ブログ村のブログトーナメント
ショートストーリー「エスカレータ」
準決勝で敗退…。
| 六郎 | 2011/10/01 12:04 AM |
すごく良かったです

最後こうきましたか〜!

感性がいいですね、、、
| プックンママ | 2011/10/03 1:41 AM |
プックンママ さん、ありがとうございます〜。
| 六郎 | 2011/10/03 8:16 AM |

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