なぜ産み育てるのか | ★デイリー・ロク★
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「ゴキゲンに生きる」3000の知恵
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なぜ産み育てるのか


上のニュースの中で、調査者は
「子供を持つことは社会的価値がある」
との回答が、インド、中国に次いで
高ポイントを記録したことを指摘。

「日本人は義務として
 子供を産もうとしているのではないか」
と分析しています。

もし本当にそうだとすると、どうもこれは
少子化によって社会が受ける
ダメージばかりが喧伝され、
政治家が
「女性はもっと
 子供を産んでもらわなくちゃ困る」
などと喋ったりしたものだから、
そんな雰囲気が広がってしまった
せいなのではないかと思います。


ですが、
たぶん子どもを育てている
多くの人もそうだと思いますが、私は
社会的義務として
子供をもうけたつもりはありません。

それが結果として、
社会的に(統計的に)
何らかの意味を持つであろうことは
承知していますけれども。


じゃあ、
なぜ私は子供を持とうと思ったのか。
実はそこのところが
あまりはっきりしません。

恥ずかしい話ですが、
「みんなそうだから」
「妻が『いいよ』って言ったから」
っていうあたりが本当のところかも…。


でもしかしよく考えてみれば、
「子孫を残す」というのは、
社会的営為という以前に
むしろ動物(っていうか生物)としての
営為じゃないですか。

だから
「なぜ産み育てるのか」という問いは
個人に例えれば
「なぜ生きるのか」という問いに
等しいわけです。

つまりそこに
理由を持ち込むことはできない。

思考停止しろという意味ではなくて。

産み育てる行為を
社会的義務として位置づけるのなら
それは本末転倒だと言いたいのです。

それが義務だとしたら、
人類が生き延びるための義務であって
社会が存続するためではない。

産み育てることの社会的位置づけは
生きることと同様、権利である。

その権利を保障する責務は
社会の方にある。

だからそれは、
「子ども手当」などという小手先の
いわばアメとムチに例えられるような
誘導政策なんかを用いるのは大間違いだ
と思ったりしているのであります。

そんな底が見え透いている政策には
むしろ乗っかりたくないのが
国民感情です。


むしろ国や行政がやるべきなのは、
「無縁社会」とまで呼ばれる現状を
何とかしようと
各地で芽生え始めている
人々の自主的な活動をサポートし
様々な面から支援することです。

官僚や自治体職員の身分が安定しており
なおかつ給与がきちんと支給されるのは、
リスクを負いながら頑張っている人を
支援するためなのです。

本人たちは「違う」と言うかも知れんけど、
そうでなくちゃならんのではないかと
最近よく思うんです。


・・・やれやれ、また脱線。
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