建築とまちづくり | ★デイリー・ロク★
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「ゴキゲンに生きる」3000の知恵
おちゃらけ家族10年間の記録まだまだ更新中

広島郷土資料館

こないだ広島市内へ出張したおり
宇品まで足を伸ばして
広島郷土資料館を訪れてみた。

元、旧陸軍糧秣支廠の
工場だった建物の一部を
リニューアルして博物館にしている。


煉瓦の建物がレトロっぽくて良い。

内部展示では、まず
宇品港の成り立ちに目を惹かれた。

地元の反対を押し切り
莫大な費用をかけて築かれた宇品港だが、
脚光を浴びるのは日清戦争が起きてから。

「空も港も夜は晴れて」と、文部省唱歌で
歌われたまさにその年(明治27年)、
軍都としての広島が船出する。


さて、入り口で時間をくってもしょうがない。
奥に進んでみる。






たらい(盥)や洗濯板はもちろん、
とうみ(唐箕)やしょいこ(背負子)は
ほんの五十年ほど前まで
田舎では日常的に使われていた物だ。

さすがに機織りだけは
実際の作業を見たことはないが、
それ以外の物は、私が幼い頃
この目で見たものばかりである。

自分の身近にあった物が
歴史の彼方に消え去ろうとしている。

時の流れは、過ぎ去ってみれば
あまりにも速い。


しかしここで初めて知ったこともある。

まずは、「山まゆ織り」という産業。
養蚕以前の形態として興味深い。

それから、2階の展示では、
戦前までは多くの地域で
喪服が白色だったことを知った。

これもまた、文化史的に興味深い。



建物は非常に素晴らしいけど、
展示内容はここである必要があるのかな
ということをちょっと思ったりした。

集客が見込める立地だし、
もっと多くの人が出入りする施設への
転用を考えてもよいのではないだろうか。


話変わって、下の写真は、
電車通りまで歩く途中で見かけた物件。
うーん、このレトロ感。たまらんぜ。

帰って調べたら、さすがに
たくさんの人が目をつけていたけど。
arch-hiroshima 風呂屋の煙突
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額縁効果

福山市鞆の浦にある
福禅寺「対潮楼」からの眺め。


というのはウソで、本当はこんな感じ

しかし実際に初めて訪れたときはまさに
上のパノラマ画像のようなイメージで
景色が目に飛び込んできた。

日本建築の特徴のひとつとして、
座敷から見る庭園や景色が
逆光の建具や鴨居で切り取られ、
まるで一幅の絵のように見えることがある。

むろんこれは、たまたまではなくて
建築家(棟梁)が狙った効果であることは
言うまでもない。

これを「額縁効果」と言ったりすることも
あるらしい。

誰だったか著名な建築家が
三仏寺投入堂からの眺めを
「何の特徴もない山々が
 ここからだとうまくトリミングされて
 すごく美しく見える」
と言っていた。

むかし訪れた足立美術館では、
床の間の壁をくりぬいてあって
その穴から見える庭園の景色が
掛けられた絵のように見えた。

そこまでやると、あまりに
作為的に過ぎるような気もするが。

しかし、上述した対潮楼については、
建物はむろん、石垣の高さなども、
この景色の素晴らしさを
最大限観賞するために
計画されたのではないかと
私には思えたりもするのだ。


さて、ところで、下に掲げたのは
私が最近手がけた建築の
最上階の内部写真である。


部屋の扉を開け
一歩踏み込んだところで
この眺めが目に入るのだ。

いかがだろうか。

何の変哲もない八本松の山々の風景が
うまくトリミングされて、なんだか
魅力的な感じになっていないだろうか。


・・・も、もちろん狙った効果だよ。
たまたまなんかじゃないよ。

JUGEMテーマ:仕事のこと
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大内宿に凄い人がいる!

東広島市にある近畿大学工学部で、本日
『かやぶきシンポジウム2011』
開催されたので参加してきた。

そこで、凄い人に会った。

ゲスト講演者として招かれた
福島県下郷町大内宿の吉村徳男さん。


「このまま放っておいたら
 せっかくの美しい町並みがダメになる!」
と公務員を45歳で辞し、
茅葺き職人の道を選んだ人である。

当時は、子どもたちが
高校や大学への進学を控え、
家計が最もたいへんな時期だったそうだ。

それでも「背水の陣」を敷いた。

退路を断つことで
自分自身を追い込んだ。

どうやって奥様を説得されたのか
(あるいはできなかったのか)
恐くてそこのところは訊けなかった。

茅葺き職人に弟子入りして
10年間の修行の後
晴れて一人前になった吉村さんは
いよいよまちづくりに乗り出す。


大内宿は
国の重要伝統的建造物群保存地区なので
屋根の葺き替えには補助金が出る。

茅の確保から職人の段取りまで
役所が行っていた事業を、
吉村さんはまず村人の手に取り戻した。

昔ながらの「結(ゆい)」の機構を
再生したのである。

そして
青年達に茅葺きの技術を教える傍ら、
背後にある村社会のコミュニティや
伝統文化の大切さも伝えるため、
年中行事を復活させたりもしている。

大内区(49戸,172名)には、
大内保存会、観光協会、大内消防団、
婦人消防隊、火消し組、大内青年会、
大内老人会、念仏講、子供会、
蕎麦生産組合、結の会
という組織があり、
それぞれが役割を担いつつ協力し合って
コミュニティを形成しているという。

子供たちも
「火の用心」の活動に携わったり
溝掃除に出たりして
故郷である大内への
愛着を深めている。

「地域の教育力です」
と吉村さんは語る。


また、地域に住む人々が
屋根の葺き替えなどの作業のとき
それぞれ役割がこなせること、
そういう技能を身につけていることを
「生活技術」と呼び、
その大切さを訴えられた。

例えるなら、
家庭における料理や日曜大工の技術と
同じである。

上手下手は別にして、家庭の中では
(かなり崩壊しかけてはいるが)
ふつう誰かがその役割を担っている。

地域社会の中にもかつて存在した
そういった「生活技術」が、
「結」の再生を通じていま復活している。


さらに。

茅葺き屋根は、
「農」の営みと切り離されては
存在できない。

そこで吉村さん達は
減反政策で余った農地に蕎麦を植えて
ひとつの産業に育て上げた。


さらにさらに。

「観光地化」と「保存」の問題について、
「結」を継続していくためには
ある程度観光に傾くのはやむを得ないと
割り切っている。

したたかである。

いただいた名刺には
手打そば処 茶屋 こめや
と書かれている。
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中心市街地活性化勉強会に参加した

今朝の中国新聞(地域版)にも
出ていました
が、
昨日、東広島市の
「中心市街地活性化勉強会」があり、
私も参加してきました。

講師に招いた米子市の福田さんは
とっても熱意のある方で、
参加者もそれに触発され
夜の座談会(懇親会)は
けっこうな盛り上がりを見せました。

私も詳しくは知らないのですが、
中心市街地を元気にするための支援策を
国がいろいろ用意してくれてるみたいで、

たとえば中心市街地で開業する会社に
助成金が出たり優遇措置があったり
するんだそうです。

しかし私は、
「そもそもなぜ中心市街地が
 活性化されなければいけないのか」
ということをまずちゃんと議論すべきだと
思うのです。

「活性化=良いこと」という前提で
作られた制度に乗っかるのは
そりゃまあ楽ですけれども、
制度ありきで始められた事業は
助成がなくなると
途端にポシャるのが常です。


実は昨晩の座談会で
気になるキーワードが出ていました。

「地域コミュニティ」

町並みが、商店街が壊れていく姿は、
つまり地域コミュニティが
壊れていく姿そのものなのです。

であれば、中心市街地活性化とは、
地域コミュニティの復活を
目指すものであるべきなのではないか。

…というのが私の持論です。

新しく開業する店は、
単に客に物品や
サービスを提供するだけでなく
地域の絆の拠点(ハブ)として
機能しなければならない。


「地域コミュニティなんて
 要するに《しがらみ》のことじゃないか」
って言う人もいます。

でも、《しがらみ》を捨てた社会は
結局《故郷》をも失ってしまいました。

若者はいずれ故郷を捨てるものです。
故郷を捨てて旅立ち、成長するものです。

しかし今の若者には捨てる故郷さえない。

それは物理的に
「生まれた土地」であったり
「以前住んでいた場所」でしかない。

これは若者にとって不幸なことです。


そしてまた、
子供を虐待して殺してしまった親たちも、
誰にも知られず餓死した老人たちも、
もっと《しがらみ》にまみれていたら
あんなことにはならなかったはずだと
思えてなりません。


・・・脱線してしまいました。

中心市街地の話でした。


東広島市西条の中心市街地には
中層高層のマンションが林立しています。

多くのマンションの住人たちは
少し離れたショッピングセンターや
駐車場のあるスーパーマーケットへ
車で買い物に出かけています。

仕事へも車ででかける人がほとんどです。

マンションなど共同住宅の人ばかりでなく、
一軒家に住んでいる人にとっても
《まち》は、車で通過する場所でしかない。

でも子どもたちは
毎日徒歩で学校に通っています。

大人にとって通過する場所でしかない
《まち》を身体で感じながら。

若者は不幸だとさっき書きましたが、
子どもたちも不幸だと思います。


・・・長くなったので、今日はこのへんで。
続きはまたいずれ。
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人間は環境で変わる

『なかなか変われない人がはまっている
 10の罠』
という記事を読んだ。

この中に
「環境が習慣に与える影響を
 理解していない」
というのがある。

人の行動の習慣は
環境によって影響を受ける
という意味であろうと思う。

「煮詰まったら掃除をしろ」
という格言(?)もあるくらいで、
資料や道具の整理ができていないと
なかなか集中できず
思ったように仕事が捗らない。


また、室内に
観葉植物や生け花があると
それだけで心がなごむ。

眺めることももちろんだが、
それに水をやったり手入れする習慣が
心に余裕を生むのではなかろうか。

広島市の平和大通りや
東広島市のブールバールは、
道路にふんだんに植栽が使われている。

「落ち葉の掃除が大変」
「手入れに税金を使うのはもったいない」
というような声もあるようだが、
その緑が無くなってしまった光景が
どんなに殺風景であるか
想像してみてほしい。

コミュニティガーデン―市民が進める緑のまちづくり ビオトープ管理士資格試験 公式テキスト 2級ビオトープ計画管理士・施工管理士対応

そう考えていくと、
太平洋が眼前に開けている土地や
立山連峰が常に目に入る地域で
暮らしている人の感性は、
ほかの地域に住んでいる人に比べて
何かが違っているんじゃないかと思う。

鹿児島の人の「鹿児島人らしさ」は
雄大な桜島の噴煙を
毎日見続けてきたせいも
あるのではないか。


良い影響ばかりでなく
その効果が悪い方に働く場合もある。

私が危惧しているのは、
高層マンションの廊下である。

その空間はただ
「通路」としてだけ設計されていて、
そこで毎日人が行き交い
交流や出会いが生まれる
「場」としての配慮は
まったくされていない。

子どもたちは学校の行き帰り、
マンションのエントランスから
自宅の玄関までを
まるで息を詰めるようにして
毎日駆け抜ける。

だがよくよく考えてみれば、それは
都会の道路でも一緒だ。

40年ぐらい前まで
子どもたちの遊び場でもあった道路は
いつのまにかその親しみを捨て
「危険な」自動車や
「危険な」不審者で
あふれかえる場所になってしまった。

こんな環境の中で毎日を過ごすことが
子どもたちの感性に
どんな影響を与えているか、
ちゃんと計測する術がないだけに
恐ろしい気がする。


「地域で子どもたちを見守りましょう」
というかけ声も大切だが、
道路や自然や町並みなど、
子どもたちの育つ「環境」に
もっと目を向けるべきだとも思うのである。


・・・例によって大脱線。
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かたちあるもの・いのちあるもの

古くからの町並みが
残されている場所には、
まだ地域のコミュニティが
しっかりしているところが多い。

それに比べて、
老朽化した建物が壊されて
近代的な町並みに生まれ変わった所は、
昔からの近所づきあいが
薄れているように思える。

建物の建て替えに伴って
住人の入れ替わりがあったことが
一因なのかも知れないが、
景観や環境によって
そこに住む人々の
日々の暮らし方が変わることも
多くあるのではないかと私は思う。

けっきょくのところ、
文化というのは習慣が支えているのだ。


仮に肉体を精神の容れ物だとした場合
それらは別個のものではなくて、
精神の品格は肉体に表れるし
肉体の不調は精神にも影響を与える。

地域景観と地域コミュニティの関係も
それに似ていて、
便利で斬新なデザインの建築が
単体では素晴らしいものであっても
もしかすると地域の「精神」にとっては
悪い影響を与えるかも知れない。

もちろん、昔ながらのものが
すべて良いというわけではない。

だが「かたちのないもの」は
「かたち」に依ることでしか
存在することができない。

安易に「かたち」をいじることで、
地域にひっそりと息づいていた
何か大切なものを
知らぬ間に壊しているかも知れない。

もって銘すべし。
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まちづくりなんかやめておけ

市民の希望や「やりたくてもできないこと」を明示する力も意識して、戦略化します。そこに新たな協働と拡がり(コミュニティ)が生まれて、それ自体が価値を帯びることもあるのです。

うろおぼえだが、
まちづくりのギョーカイでは、
こんな類の言葉が飛び交っているらしい。

私はまったく意味がわからない。

ひとつひとつの言葉における
ギョーカイ特有の定義を
私が知らないのが悪いのか、

あまりに抽象化された議論に
私の能力がついていけないのか、

さもなくば、
この言辞を吐いた人間が
ただ単に言葉を弄しているだけなのか。

いろんな人がやってきて
いろんなことを言って帰って行くが
惑わされてはならない。

それらの言葉は、
実際に住んだり暮らしたりしている
私たち自身が「どうしたいのか」を
知るために役立てられるべきである。


まちづくりの究極の目的は、
結局のところ
「みんなが笑顔で暮らせる地域」
などという
陳腐な表現にならざるを得ないが、

そのためにまず目指すべき目標は
「風景が変わること」
「制度が変わること」
「人間が変わること」
の三つに集約されると思う。

むろん場合に応じて
優先順位はあるけれども。

ここで重要なのは、
「変えること」ではなく
「変わること」を目標とする点だ。

つまり、
まちづくりをしようとする者にとって
いちばん必要なのは、
「変わる」のを「待つ」
根気なのではないかと思う。


「みんなが笑顔で暮らせる」
ことを念頭に置きながら、
とりあえずは自分にできることを
始めてみる。

そんな人間があちこちに出てくれば
それに触発される人間も多くなる。

すべての種が芽吹くとは限らないが、
世の中はそういうふうにして
「変わって」ゆくものだと思う。

努力の結果を
自分の生きているうちに目にしないと
納得できない人間は、
まちづくりなんかやめておけ。

 世界のSSD100―都市持続再生のツボ
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緑化

最近よく見かけるようになった
建物の緑化。

エコだなんだと理由をつけなくても、
周りに植物があるだけで心なごむ。

これは屋上緑化。


これは壁面緑化が加わってる。



そして、
これも…?




・・・自然に身をまかせてたら
こうなりましたって感じだな。
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西条の酒蔵地区で思うこと

次男(17)が街を歩いていたら、
旅行者らしき人から
「駅はどこですか」
と尋ねられたらしい。

札幌から来た人だという。

「こんな街だったんですね。
 思っていたのと違う」
と感想を言われたそうだ。

「え」
と次男が問い直すと、

「酒蔵の街だというから、
 もっと古い素敵な町並みが
 たくさん続いているのかと思った。
 こんなに高い建物が
 周りにいっぱいあるなんて思わなかった」


そういえば、
西条駅周辺の土地区画整理を行う際、
3階建て以上の建物を制限する案も
出たと聞いている。

たったひとりの観光客の感想だし
勝手なわがままだなぁとも思うけど、
共感できる面もある。

 

上の写真は、
JR西条駅の近くのビルの屋上から
白牡丹酒造の方向を撮影したものだが、
いわゆる酒蔵地区が
高層マンション群に取り囲まれている感じが
おわかりいただけると思う。

だが、
たとえばマンションの住人が、
夏の日の夕方など家族連れで
「少し散歩でも」
と古い町並みの方へ出てくるような、

あるいは、市外からの客人を
「素晴らしいところを案内するよ」
と、酒蔵地区に気軽に案内できるような、

そんな状況になればいいのに
と、いつも思っている。
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子どもの視点に立つまちづくり

こども環境学会2010年大会が
広島市で開かれている。

仙田満先生の講演が聴けるというので
行ってきた。

とても刺激的な内容だった。

「子どもの劣化」という項と
「成育環境の変化」という項では、
運動不足による肥満・体力低下や
コミュニケーション能力の低下など
最近の子どもの様々な問題は、
「外遊び」をしなくなったことによる
影響だと強く感じた。

特に、自動車の普及が
地域における子どもの遊び空間を
破壊したのが大きいと思う。

逆に言えば、今からでも
自動車の入らない道路を作れば、
そこが「道遊び」の場となる。

失われた「遊びの文化」を
継承できる仕組みを作れば、
地域に「子ども社会」を復活できる
可能性がある。

いったん途切れた「文化」を
もう一度取り戻すには、
大人の手が介在する必要がある。

それが「プレイリーダー」だ。

仙田先生が取り組んでいる
「子どもの成育環境再建への挑戦」の
「8つの戦略」の先頭に
「プレイリーダーのいる公園」が
挙げられている。

つまり、
子どもたちの元気を喚起するには
「根性を叩き直せ」などの精神論の前に
環境(都市・建築)を再構築する
必要があるということ。


日本学術会議の提言(行動的戦略)は
それをふまえて作られている。
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