本や映画のレビュー | ★デイリー・ロク★
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「ゴキゲンに生きる」3000の知恵
おちゃらけ家族10年間の記録まだまだ更新中

『サイダーハウス・ルール』

 
1999年度、米アカデミー賞(R) 2部門受賞。

孤児院でラーチ院長の後継者として育てられてきたホーマー・ウェルズだったが、外に出てまた別の世界を経験する必要性も感じていた。彼は機会を得て孤児院を出てりんご園で働くようになる。そこで恋をし、人生や愛、家庭について人として避けては通れない教訓を学ぶ…というのがあらすじ。

この作品は、一人の青年の成長物語ではあるけれど、中絶や虐待など、子どもを巡る社会的問題を、わりと正面から採り上げている。
特に印象に残ったのは、自分で中絶をしようとして担ぎ込まれた少女が処置の甲斐なく死んでしまい、その亡骸を埋める場面でのラーチ院長とホーマーのやりとりである。
パスター「なぜ死んだの?」
ラーチ院長「誰にも言えなかったからさ。無知ゆえに死んだんだ。
赤ん坊への責任を無条件に期待したってそりゃ無理だ。その前にまず、産むか産まないかを選ぶ権利を母親に与えなければ。
違うか?」
ホーマー「それなら、子どもを作らなきゃいい。自分の行動に、それくらいの責任は負うべきです」
ラーチ院長「この12歳の少女にそれが期待できたと思うか!?」
ホーマー「その子のことじゃなくて、大人たちについて言ってるんです」
ラーチ院長「お前が世の大人たちに、未だにそこまで期待を抱いているとはな」
ホーマー「笑いたければどうぞ」
ラーチ院長は、不幸な子どもが増えるより、望まれない子どもは生まれない方がいいという考え方、ホーマーは中絶に反対の立場である。

とはいえ、メインとなるテーマは、若者が自分の「居場所」を求めて旅に出る物語だ。ホーマーやキャンディがそれぞれの運命に抗いながらも、やがて決意とともにそれを受け入れていくストーリーでもある。たぶん彼らは年をとってから、甘美な思いとともにその青春を懐かしむのだろう。

『フォレスト・ガンプ』や『ニュー・シネマ・パラダイス』に浸れる人なら、必ずや感動すると思う。
「居場所」とはまた「帰る場所」でもあるのだ。
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『羆撃ち』



知らない世界に触れるのは、なんて素晴らしいことなんだろう。
しかも、まさにそこに自分が身を置いたかのように、感情があふれてくる文章。

全然分野は違うけど、以前『電車の運転』を読んだときと同じような印象。

ひとつのことにとことんまで打ち込む。ごまかさないで一生懸命に生きる。その生きざまが感動を呼ぶ。

最後のところを電車の中で読んでしまった。
涙が止まらなくなって、恥ずかしくて仕方がなかった。
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『雨のなまえ』



なかなかに読むのがしんどい。
けど、やめられない。

窪美澄の小説は、深入りするとヤバい。

特に、各短編の「終わり方」には悶える。
決してすっきりしてない。
後に残る。


表題作『雨のなまえ』。
主人公は最後で
究極の二者択一を迫られる。

彼はどちらを選ぶのか、
どちらを選ぼうとしたのか。

小説家ははっきり語ろうとしない。


『記録的短時間大雨情報』。
主人公はここでも
状況の中に放り出されたままだ。

だが、それは読者であるわれわれも
似たようなものである。


『雷放電』。
いちばん納得がいかない終わり方。
そりゃないだろ。


『ゆきひら』。

騙された。

よく読めば確かにこいつは
そういうヤツなんだが。


『あたたかい雨の降水過程』。
改めてよく見てみたらすごいタイトルだな。

この短編集の中では、
いちばん爽やかな終わり方だ。

ゆだねることができない人は
周囲のみんなをバカにしていることに
なるんだよ。
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『世界を変えた哲学者たち』

 
この世は大きな《回し車》である。

ハムスターのケージの中によくある、
中に入って走ると勢いよく回転する、
あの車のことである。

ただ
この世の回し車は、みんなで入って回す。

早く回せば回すほど
ご褒美が出る仕組みになっている。

回転速度について行けなくて
足がもつれて転ぶ人や休む人がいると、
そのぶん回転が遅くなって
ご褒美が少なくなる。

そうすると
「おまえのせいでご褒美が少なくなる。
 どうしてくれる!」
と怒る人が出てくる。

だから、病人や老人が身内にいる人は、
そういう人を背負って走る。

幼い子どもを抱いて走る人もいる。

リーダーは、、
みんなが足並みを揃えて、
いかに速度を落とさず走れるかに
心を砕く。

様々な工夫や技術革新で、私たちは
より早く走れるようになった。

百年前と現代を比べたら、
それはもう雲泥の差だ。

だけど、みんな気づきはじめた。
これは「幸福」ではない。

しかし走るのをやめると、
たちまち振り落とされる。

振り落とされると生きていけない。
だから走り続けるしかない。
(と、みんな思い込まされている。)

じゃあ、みんなが幸福になるには
どうしたらいいのか。

しかしポパーという人は
「すべての政治的理想のうちでも、
 人びとを幸福にしようとする思想は
 もっとも危険な理想である」
と言ったそうである。

よく考えてみると確かにそうだ。

ならば、私たちにできるのは、
倒れて「もう走れない」と泣いている人に
そっとよりそうことぐらいなのかも
知れない。

「ひとりは万人のために、万人はひとりのために」といったスローガンは(一見魅力的にみえるが)人類が生み出した最悪のスローガンであることを知ることである。すべてはそこからはじまるのである。
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『里山資本主義』

 
287ページに、こんな文章がある。
少子化というのは結局、日本人と日本企業(特に大都市住民と大都市圏の企業)がマネー資本主義の未来に対して抱いている漠然とした不安・不信が、形として表に出てしまったものなのではないか
この「漠然とした不安」は、
個人の中で明確に意識されていない。

アンケートでもはっきりと示されず、
街頭インタビューでもつかめない。

だが相談したわけでもないのに
皆が「生まない」という選択をする。
その結果が統計的な数字となって表れる。

これは恐ろしいことなのではないか。

若い世代、女性たちが、
「自分の子どもには
 こんな世の中を生きさせたくない」
と、心の奥底で思っているとしたら。

「子育てのしやすさ」が問題なのではなく、
人が生まれて暮らす社会環境そのものを
本能的に拒否しているのだとしたら。


これは「働きたくない」若者にも
言えることなのだと思う。

今の社会では、出て行ったとたんに
産業戦士として闘うことを求められる。
それが本当に世界の
ためになるのかどうかも知らされないで。

「生活」を人質にとられ
闘わざるを得ない人生が続く。

結婚したら家族も人質になる。

奴隷のような人生だ。


『里山資本主義』の根っこにあるのは、
「闘いをやめ《生活》に立ち戻ろう」
という主張なのではないかと思う。
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『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』

 
DVDで観賞。
とても長い映画なので、何度かに分けて観た。

名作であるのは間違いない。
しかし非常に難解である。


禁酒法時代のアメリカで、街のチンピラだった少年たちがギャングにのし上がり、破滅し、さらにその後までを描いた作品である。

彼らの無法ぶりが、まるで懐かしい青春時代の思い出のように描かれる。
エンニオ・モリコーネの叙情的なメロディがその切なさを盛り上げる。

1カット1カットが非常に丁寧に作られている印象を受ける。
人物の表情の変化をじっくりと捉える演出が特徴的だ。
ロバート・デ・ニーロはやはり名優である。

『ラビリンス/魔王の迷宮』のジェニファー・コネリーも出演している。
とっても可愛いので必見である。


ストーリーは、謎解きのようなふうを見せながら、過去と現在を行きつ戻りつする。
それが観るものを困惑させる部分があることは否めない。
しかも謎解きはこの作品の重要なテーマではない。

青春だとか友情だとか人生だとかそういった言葉を想起させる場面もあるが、おそらくはそれも主旋律ではない。

じゃあ何かというと、うまく言えないのだが、つまりは「夢幻(ゆめまぼろし)の如くなり」ということではないかと思う。いや人生がじゃなくて。
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『ゴードン・スミスの ニッポン仰天日記』

 
明治31年から40年にかけて
日本にやってきたイギリス人の日記である。

このゴードン・スミスという人は、
事業家でもあるが、探検家でもある。
そのうえ女好きでもあるようだ。
偉人伝に載るような人物ではない。

だが、その旺盛な好奇心で、
明治という時代を活写した功績は
讃えられてしかるべきだと思う。

この書物はイギリスで刊行された本を
編集・翻訳したものである。
荒俣宏があとがきで書いているように、
既に原本はオークションにかけられて
元々の所有者の手を離れているらしい。

貴重な資料であるはずなのに残念である。


本書に登場する110年前の日本は、
古き良き近世と
西欧列強に肩を並べんとする近代とが
共存している時代であった。

そしてまた、
日本人がその慎ましさを失っていく
時代でもあった。

ゴードン・スミスも、
小泉八雲やイザベラ・バードと
同じような嘆きを記している。
 私はますます、日本は、最高水準の理想の社会から最低のところまで堕落するにちがいないと確信するようになった。日本はやがて、アメリカの道徳や自由を取り入れ、質の善し悪しはともかくとして商人の国になるだろう。《中略》日本はやがて社会的にも商業的にも、巨体なシカゴのようになるだろう。そうなればなるほど、あわれである。

夏目漱石が『三四郎』の中で広田先生に
「滅びるね」と言わせているのも、
そうした懸念を誰もが感じていたことの
証ではないだろうか。
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『アライバル』

Shaun Tan
Arthur a Levine
¥ 1,459
(2007-10)

 
何物かの禍々しい影が跋扈する街。

男は、そこから逃れるために
まずは家族を残して旅立つ。

そして新天地に辿りつき、
風習に慣れ、仕事を探し、
様々な人と出会い、
家族を呼び寄せて
皆で再び暮らせるようになる。

文章にしてみればそれだけの物語だ。

しかし、この絵本の第一印象は
かなり衝撃的である。

まず、細密な鉛筆画によって、
作者ショーン・タンが創り出す世界に
圧倒される。

さらに、言葉がひとつもない。
(だから安い洋書版を買うのがおトク!)

登場する都市の姿から
その社会的な背景を想像したり、
主人公が出会う人々と交わす台詞を
想像するのも愉しい。


これもまた想像に過ぎないが、
たぶんこれは
風刺を交えた作品なのだろうと思う。

特に、最初に登場する
「禍々しい影」のある街の姿は、
いま私たちが置かれている状況と
とてもよくシンクロしているように
感じられてならなかった。


それから、装幀も凝っている。

まるで長いあいだ
屋根裏部屋に眠ってたかのような、

そんな雰囲気に仕上げてある。

これはもしかすると私たちの
曾祖父の時代の話なのかも知れない。


多くの人と感想を共有したい本である。
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『象の消滅』

 
読むのに長い時間が
かかってしまったので、
それぞれの短編の内容を
はっきりとは思い出せない。

タイトルからあらすじを想起できない。

そもそも作品に
きちんとした起承転結がない。

それでも
ページを繰るのをやめられないのは
やはりムラカミ・ワールドの魔力だ。

だいたい私が好きなのは
村上春樹の文体なのだ
ということを再確認する読書であった。

「ねえ、僕には僕という人間をうまく君に説明することはできない。僕にもときどき自分という人間がよくわからなくなることがある。自分が何をどう考えて、何を求めているのか、そういうことがわからなくなるんだ。それから自分がどういう力を持っていて、その力をどういう風に使っていけばいいのか、それもわからない。そういうことをひとつひとつ細かく考え出すと、ときどき本当に怖くなる。怖くなると、自分のことしか考えられなくなる。そしてそういうときには、僕はすごく身勝手な人間になる。そうしようとも思わないのに、他人を傷つけたりもする。だから僕には自分が立派な人間だとはとても言えない」
(中国行きのスロウ・ボート)

ちょっと異彩を放っているなと感じたのが
『沈黙』である。

いわゆる「いじめ」を扱った作品で、
ほぼ全編一人の男の独白で綴られる。

そして最後が村上にしては珍しく
教訓めいた感じで締められている。

だがそれでも他の作家に比べると
切り込み方の角度と深さが違う。


さて、どうしよう『1Q84』。

『ノルウェイの森』もまだ読んでない。
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『英仏百年戦争』

 
文体が独特でぐいぐい読ませる。

だいたいがこの時代の歴史は
「シャルル○世」だの「ヘンリー○世」だの
登場人物の名前を混同しやすい上に、
彼らの領有地の場所と名前、
さらに姻戚関係にある人々の名前を
頭に入れるだけで大変なのである。

この本は一応の説明はしてくれるが、
のみ込みが悪い読者でも
どんどん先へ引っ張って行き、
最後にこの紛争のもたらしたもの
(または歴史的意義)の解説まで
きちんと導いてくれる。

そういう力のある文章である。


この本を読もうと思ったのは、
(夢見がちな少年だった)小学生の頃に
ロビン・フッドやアイバンホーの物語に
触れていたのが原因かも知れない。

今となっては
話の筋さえ忘れてしまったが。


だが、14、5世紀頃の
ヨーロッパの一部の紛争の歴史を
学んだところで、
それが何の役に立つのだろう。

読みながら自分でもそう思った。

もちろん、
フランス各地の封建諸侯の振る舞いを
わが国の幕藩体制になぞらえてみたり、
「騎行」という戦術が、その名に似ず
いわゆる蛮行に近いものだったことなど、
そういう知識を得るのは
ずいぶん興奮する体験ではあった。

が、それが
明日の自分の糧となるかというと
そんなことはない。

もし何かの役に立つとしたら、
この読書体験が
記憶の沼の底で堆積し、発酵し、
自身でもそれと分からぬ形で
私の思考に影響を与えるときであろう。

しかしそういうことはたぶんまれで、
多くの場合、記憶の底に埋もれたままで
本を読んだことさえいずれ忘れてしまう。

しかしまあそれが
「知」の本来の姿なのだろうと私は思う。

今日仕入れて明日役立つ知識など
明後日には用済みになる。

近ごろはそういう浅薄な情報の欠片を
知識だと勘違いしている輩が多くて困る。
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